no title。

見ず知らずの人と一緒に自殺、ってのはどういう心理?
建設的、発展的出会いだったら何か一緒にやれる関係だったかも?


近頃のあたしは厭世感に囚われ気味で、逃避行動として
人生の強制終了を衝動的に考えたりしますが実行はしないよね。
しない、というよりはできないんだ。
コワいから、とかいうことではなくて、大切なものが多いから。


自殺願望みたいのは中学生時代に姉が、なんだかそういう美学に
ハマり、いろいろな方法を比較検討したりしていたのを見ていて
真似して? じゃないけど、そういう文献とかいっぱい読んだし、
特別なことではなくて、例えば整形するとか、痩身とかみたいに
「ちょっと目先を変えてみるかな?」みたいな選択肢のひとつ、
くらいにとらえているフシもある。軽く考えてるかもしれない。
自分は辛くなくて、なるべくキタナくない方法とか知ってるし。


あたしの人生っつーのはわりと自分としては波乱万丈で
呑気ににこにこ生きているように思われていますが、
人並みにいろんな苦労とか絶望に襲われて生きてきました。
これからもきっとそうだと思う。みんなもそうだろうけど。


家族(夫、両親、姉、親類縁者)は、いまでこそ仲良く暮してますが
過去にはいろんな酷いことがあったし、人には言いたくないような
親戚もけっこう居るし(苦笑)。


あ、50代半ばなのにどう見ても40歳くらいのレズビアンのオバとか
テレビのビックリ人間に出てコップを食べたオジとか、愉快なのも
いるんだけどね。


...脱線しましたが...。


人生の強制終了を実行した知人や好きな人とか
病気で、生きたいのに生きられなかった知人とか
事故で突然に居なくなってしまった知人とか
自分が病気で死ぬかも、と思ったときに具体的に考えた諸々を
思うと簡単に居なくなっちゃイカン、と思う。


自分勝手に居なくなった友人のことは特に、何年経っても
傷みを伴って思い出されるので非常にツライです。
周りに居てくれる大切な人たちにこんな思いをなるべくして欲しく
ないので私は生きていくぞ。生きる理由はそれだけじゃないけどね。




な〜んてなことを考え込んだりしていますが、今日は実はそれどころではなく、
あたしの大好きな大事な大事なあの方のお誕生日で。それだけで笑顔だス。


彼の存在はあたしを照らす太陽のような。居てくれてありがとう。
お誕生日おめでとうございます。いつもありがとう。